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 「〜ますでしょうか」

仕事でたくさんのメールを書いていると、日本語的にというか敬語的にというか、どう書くのが適切かわからなくなることがしばしばある。元々、筆者は国語が苦手なのである。中でも、「よろしいでしょうか」「合ってますでしょうか」などの「〜でしょうか」は長きに渡り決まり文句のように使い続けているのだが、書く度に違和感がある。

なぜ「よろしいでしょうか」に違和感があるかというと、語尾を肯定文にかえると「よろしいです」であり、デアル調に変えると「よろしいである」だからである。ファミ・コン語の「よろしかったでしょうか」は論外だが、「よろしいですか」より「よろしいでしょうか」の方が柔らかい気がするから使ってるのだが、「よろしいですか」でも問題は同じである。では「よろしいですか」の正しい敬語は何なのだろうか?

「合ってますでしょうか」については、「合ってますか」より柔らかい気がするから使ってるのだが、「合ってますですか」と考えると敬語が2重だし、これで既におかしいが、肯定文にして口語体に変えると「合ってるです」「合ってるだ」だ。

「合ってますでしょうか」などと書く時に時々思い出すことがある。
ある将棋の解説で、驚きをユーモラスに表す為に、解説者がわざと「これは…恐ろしいことに…寄ったですね〜。」、その後「これは…詰んだですね〜。」と言ったのを聞き、笑いながらもその表現にとても共感したことがある。その局面は、私にとっては「寄りましたね」→「詰みましたね」と表現されるより、「寄ったですね」→「詰んだですね」と表現されるべきものだったのである(関係ないが、「〜べき。」で終わる表現も違和感がある。「〜べし。」とすべし。じゃないのか?)。解説者の横の聞き手が「詰んだですか。」と返したかどうかははっきりと覚えていないが、その時に限り「詰んだですか」はありだったと思っている。
なぜその状況において「詰んだですね」しか有り得ないと思ったのだろう、私の言語感覚がおかしいからだろうか、とずっと考えている。「詰んだですね」の口語体は「詰んだだね」だから、おかしいことはおかしい。今の所、「これは『詰んだ』ですね」という伝聞調だったのだろうと思っているが、まだ自分で納得できていない。
とりあえず、そんな私の言語感覚でも「詰んだですね」は稀にしか正しくないのだから、「よろしいでしょうか」「合ってますでしょうか」も基本的に正しくないと思う。

閑話休題、「よろしい」の敬語は「よろしゅうございます」と読んだことがあるが、するとその疑問形は「よろしゅうございますか」だと思うが、私の仕事関係で実際に使われているのは見た記憶が無い。「合ってますでしょうか」は「合っておりますか」が正しいと記憶しているが、ちょっときつい気がする。「合っておりますでしょうか」だと元の問題が解決してないし、「合ってございますか」はやはり見た記憶が無い。「合ってます?」は結構見かけるが、また別な違和感があるので、私には書けない。

私には何年も前から気になっていて、おそらくその辺りには敏感になっているにも関わらず、未だ解決していないということは、少なくとも私が読んできたメールには私が納得する答えが無かったということだろう。敬語に無頓着な人以外は「よろしい」の疑問形や「合ってます」の疑問形を使わない表現方法を身に付けているのだろうか。

明日からまた「合ってますでしょうか」と書くんだろうな。気を緩めていると「合っておりますでございますでしょうか」等に進化してしまうかも知れない。

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コメント (2)

ゆきねこ:

初めておじゃまいたします。本日URLを教えていただいたので早速遊びに来ました。

このエントリー、笑い転げながら読みましたよ~ (^o^)
私も改まった文章を書く際にはいつも違和感と戦っているので
似たようなことを考えている人がいるとわかってうれしいです♪

「合ってますか?」を柔らかく書きたい場合の決まり文句として
最近は「認識合いますでしょうか?」を愛用していますが、
いい表現に出会うたびに変えるので自分の中でも流行り廃れがありますね~。

ynomura:

早速の御チェケありがとうございます。
認識合いますでしたようで良かったでした。

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