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 将棋界に脳科学のメスが

日本将棋連盟が、プロ棋士の思考を脳科学的に解明することを目的とする組織、「Shogi Super-Brain研究会」を発足させるらしい。「将棋」じゃなく"Shogi"とした所に、世界的に協力を求める可能性がある、科学者への配慮を感じる。

結構将棋に時間を費やした割にはさほど強くなれなかった私としても、プロがどういう脳を持っていてどういう思考をしているのか、というのは非常に興味がある。私を含む常人には無い何かが絶対にあると思う。

将棋をしていると、考えると30秒とか1分とかかかってしまいそうなことが、考えなくても一瞬でわかるということが時々あり、脳の特性を考えさせられる。
例えば、駒の動きについて考えても、誰でも最初は「これは銀だから横と下には行けなくて・・・」「敵陣の3段目から4段目に動く時は成れるんだったっけ?」と考えながら駒を動かすだろうが、そのうち、そんなことは考えなくてもわかるようになる。8一に居る角を1八に動かして成る、という機会などは稀であるが、ルールを覚えているだけでなく思考回路に染込ませた人は、そういう風に角を動かせることが一瞬でわかる。「8一から1八角成とできる」と記憶しているのではなく、記憶した論理を一瞬で適用しているのである。

アマ3段の私の場合、例えば、よっぽど変な局面でない限り、ある手を思い浮かべて、それを指したら詰みかどうかは一瞬でわかる。ある局面に一手詰みがあれば、何を指したら詰むかが一瞬でわかる。浮き駒(どの駒も利いていない駒)は全て一瞬で見つけられる。3手くらいなら並べ詰みの手順は一瞬でわかる。この程度は3級くらいでもわかるだろう。
私が自分に驚くのは、例えば唯一の受けの手が一瞬でわかったりする時だ。その手が直感で思いついても、本当にそれで大丈夫なのかどうかがわからず、よ~く読むと、その手しかないことが判明する時がある。私は、受けの手を考えるのは、疲れるので苦手だ。大体、長く考えていい受けを見つけたためしがない。結局、着手する時はたいがい神頼みだ。それなのに、考えなくてもわかった絶妙の受けにはしょっちゅう助けられて、勝ちを拾っている。

持ち時間を使い切ると負けという「切れ負け」の将棋だと、時間が無くなりかけて一手を数秒で指す必要が生じる人は少なくない。そんな時、誰でも一瞬で着手がひらめいた人は一瞬で指す。そんな時の手にも、絶妙手が混じっていることは結構よくある。その手を見て時間に余裕のある相手が長考を始め、その間に指した本人が自分の指し手に驚く、という感じだ。

よく、暗算がやたら得意な子供がTVで紹介される。ある珠算塾では、そこで学ぶ全ての子供が、6桁も7桁もある読み上げ算を暗算でできるようになったという。ああいうのはおそらく、考えながらはやっていないだろう。頭の中でそろばんを思い浮かべてやる場合は、とにかく正確にイメージすることに注力していれば、読み上げる数字を聞いただけで勝手にそろばんの玉が動くという感じだと思う。「そろばん」でWeb検索すると、そんな話がごろごろ出てくるので、間違いなかろう。
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コンピューター的に言うと、そういう論理回路(ハードウェア)が頭の中にできてしまい、規則(ソフトウェア)に従って論理的に考える必要が無いということになるだろう。人間には、頭の中にそういうハードウェアを作る能力があるのだ。

将棋のアドバイスでよく出てくるのが、直感を信じろ、ということだ。プロもよく、考えた末の手より直感で指した手の方が結果的に正しいことがよくある、ということを言う。NHKの将棋番組を観ていると、年に1~2回はそういう話を聞いている気がする。人間の計算にはミスが多いが、頭の中に正しく形成された回路の一瞬の適用にはミスが少ないということかも知れない。

アマ3段の私は、長考を繰り返しても、4段や5段にはほとんど勝てない。なぜ勝てないのか、と考えると、当たり前の結論から考え始めると、強い人の方が、結果的に多くのことを考慮に入れた結論を出すからと言えるだろう。しかし、同じ人間である限り、論理的な思考能力にはそれほど差があるとは思えない。血流が10倍速いとかいう人間が居ない限り、物理的というか肉体的には差が無いので、同じように長く将棋を指してきた人間同士で10倍の差は出ないだろう。それにも関わらず、結果的に考慮に入れた量は10倍も100倍も違ったりする。プロとは10000倍違う気もしている。とすると、差があるのは、知識の記憶量と、一瞬で適用できる思考回路の量や質だと言えるのではないだろうか。

知識については、知ってるか知らないかで、思考が必要か不要かが決まる。思考回路については、例えば3桁の10個の数字の足し算が3秒でできる人が居るが、私は今やったらちょうど1分かかったので、頭に形成された思考回路によって計算速度の差は20倍出ることはあると考えられる。
思考回路の性能が20倍違うA1さんとA20さん(仮名に含まれる数字は性能と比例する)が居るとし、A20さんは問題の半分については答えを知っているとすると、あるA1さんが1分で10の問題を解く間に、A20さんは400の問題を解くことになる。将棋のアマ3段と5段の対局では、本当にこれくらいのことが起こっているような気がするが、どうだろうか。

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コメント (2)

そろばん脳の坂竜旅人です。
将棋とコンピュータの関係、やはり面白いですね。私は、基本的には数字や式が頭に浮かぶタイプです。数字の集まり、つまり集合を雲のようなカタマリで捉えている人もいます。
囲碁のプロの多くの人は、多分、棋譜を画像のように捉えているのではないでしょうか。
将棋のプロ、あるいはアマの高段者で、棋譜を画像のように捉えている人はいないのでしょうか。

ynomura:

コメントありがとうございます。

私はどちらかというと数字の集まりをカタマリで捉える方です。これまでに数式を多く扱ってきましたが、覚える時も適用を考える時も、数式そのものでなく、それが意味するものをイメージして覚えたり考えたりします。ただ、イメージで捉えることとイメージを動かす(イメージのまま計算する)ことは別で、私はイメージを動かすのは苦手です。

将棋のプロは、棋譜を読むと頭の中の将棋盤で盤面が再生できるそうですから、読み上げ算でそろばんが動くのと近いかもしれません。

対局中の読みを、盤面を画像のように捉えてするかどうかで言うと、囲碁でも将棋でも、アマの高段者なら必ずそうしていると思います。そうしないと、何手も先まではまず読めません。例えば、「『▲3五歩▽同歩▲4六銀』と『▲4六銀▽4五歩▲3三角成』とどっちがいいかな?」と考える人はまずいないはずで、盤面をイメージしてそれぞれの手順を頭の中で高速再生しながら、「この流れとこの流れとどっちがいいかな?」と考えると思います。
少なくともアマ3段の私はそうしています。この時点だと、人間はコンピューターに勝ってると思います。
ただこの方式だけだと、何手先まで高速再生できるかと、何手先までいい手を悪い手を区別できるかが問題になると思います。プロは私よりずっと先までいい手だけを選びながら高速に再生しているでしょうが、それだけなのか?というのは、1つの疑問ではあります。
いかに先を読むのが優れていても、本当に先を読んで探しているだけなのか?過去の対局や棋譜の記憶から似たものを高速に検索してたり、あり得る全ての手を並列計算で評価してふるいにかけていたりするのだろうか?ということは個人的には非常に興味があり、「Shogi Super-Brain研究会」がそれを解明してくれることを期待したい所です。

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