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2005年12月 アーカイブ

2005年12月04日

将棋界の方言

NHKの将棋番組の解説を聞いたり、将棋道場で話しているのを聞いてると、将棋の専門用語とは異なる、変わった言い回しがあることに気づく。特に、若い棋士、若くて強い人がよく使っているものだ。そういう、将棋界の方言に気づき次第、ここにメモしていこうと思う。
ここでは、「必死」「必至」のような表記の違い、「詰めろ」「詰めよ」のような年代的な差、「槍」(香車のこと)「ひょこ」(歩のこと)のような本当に地方による方言は扱わない。

◆端(はじ)
将棋盤の左右の端の筋、すなわち1筋9筋のことを、一般に端と言う。
雀刺しで有名な「端攻め」は、プロアマ問わず「はしぜめ」と読む。では、単に「端」と書いたら、何と読むか。「はし」?もちろん正解である。
しかし、通は「はじ」と読むのである。
用例:「はじを詰める」「はじを一本突いておく」

◆どうするんだろう
検討の場で、自分が指す手について、「どうするんだろう」「こうするのかな」というのをよく耳にする。
第三者的な言い方に聞こえるが、自分が指す手についての発言である。
「こういう時はどうするものなんだろう」「どうするのがいいんだろう」という意味である。
もちろん、他人が指す手についても、同じ表現を用いる。聞いてると、混乱することがある。

◆~されている、~されておく
「角を成られているくらいで」「歩を突かれておくんでしょうか」などと言う人がいる。
普通に「角を成られるくらいで」「歩を突かせるんでしょうか」などとは決して言わない。
~される系の表現のバリエーションは実に多岐に渡る。だんだん耳が慣れてきた私でも、気色悪さを感じる表現がしばしば発明されている。
意味はわからなくは無いが、「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」「こちらコーヒーになります」「こちらのほう、お会計のほう、…」と同程度の違和感がある。

◆入る
これは方言というより専門家の利便のための用語という感じだが、通常の用語説明には出てこないことは確かである。
「歩突きを一本入れておく」「桂打ちを入れておく」という、一連の手順に別の細かい手を挿入する時の表現の「入れる」に対応する言葉であるが、その別の手が本当にその手順に入れることが可能であることを、「入る」と言う。すなわち、その「入れ」たい手が本当に「入る」かどうかということである。
「入らない」とは広くは一連の手順が成り立たなくなることを意味するが、その手を入れることによって、相手に別の手を割り込まれる時(「手抜き」される時)に、「入らない」と言うことが多い。従って、大抵の場合、「入る」とは手抜きされないという意味である。
用例:「ここで歩突きは入るかな」「桂打ちは入るよね」
ややこしいのが、局後の検討で、実際に指されて手抜きされなかった手について「この手は入ったんですよね」と言う場合である。実際に手抜きされなくても、「入った」のは確定していないのである。もし手抜きされたら咎めることができたか、もし手抜きしたらひどいことになったか、を問うているのである。

◆Z、ゼ
主にプロが使う用語だと思うが、相手に何枚駒を渡しても自分が絶対に即詰みにならないことを、「Z」(ゼット)または「ゼ」と言う。
短い言葉なので、私のような素人は「これはゼだから・・・」などと聞かされると、ついていけないことがある。仮に「ゼ」という単語が聞き取れたとしても、そもそもZであるかどうかを認識すること自体、素人には難しいのである。
Zの発展形として、駒+Zというのがある。「角銀Z」は角か銀さえ渡さなければ詰まない、「飛車金Z」は飛車か金さえ渡さなければ詰まない、という意味である。「桂Z」という状態も結構ありそうであるが、今の所耳にしたことは無い。


2005年12月11日

ジャパニーズイングリッシュの歴史的大傑作

戦後、日本国民がマッカーサーの選挙出馬を応援するために、こんな横断幕を掲げたという。
"We Play For MacArthur's Erection!"
どこが間違いかわかるだろうか。

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2005年12月18日

焼却炉大国日本

ある雑誌で読んだのだが、世界の焼却炉の8割が日本にあるらしい。
外国はゴミを燃やさずに別の方法で処理しているのか?と思ってしまうが、ある意味その通りらしい。
外国では、ゴミは埋めて分解させる(堆肥化することを含む)が普通だ。日本は、プラスチック等の埋めて分解できないゴミが多い上、埋めて分解できるものも埋めない。ひたすら燃やしまくっている。

それを反省して、何もかも再利用しようという考え方を指す「ゼロ・エミッション」という言葉が時々聞かれるようになっているが、外国では「ゼロ・ウェイスト」という考え方の方がポピュラーである。
ゼロ・ウェイスト

やろうと思えば2020年にはゴミ焼却をゼロにできる、というのは、今の日本の状況からは想像することが非常に難しい。しかし、それが想像できないのは、日本が「焼却病」にかかっているからだと言われる。ゴミをいくら出しても燃やしてしまえばいいじゃないか、という考え方である。
今や日本には使い捨てを前提とした製品が溢れ返っており、ひょっとすると使い捨てこそが先進的な生活スタイルだと思っている人がいるかも知れない。それこそが、日本が「焼却病」にかかっている証拠だと言えよう。


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